好きなんだもの
言葉も出ない、とはこの事か。
同棲するなら、と色違いで2人で揃えたスリッパの上に遠慮無く落ちているのは可愛らしいファーがついた白いコート。その先にはディープグリーンのスカート、ストッキング。てんてんと続くそれらは ちょうど寝室に続いていた。それをたどってもお菓子の家に連れて行ってくれるわけでもないのに。何が待っているかなんて理解してるはずなのに。
それでも変に冷静になる自分がいるのは、年上なりの最後のプライドかもしれない
「ただいま」「お、おかえり、なさい」
暗闇の中、ブルーライトを浴びていた彼は目に見えて動揺し、急いで左隣に布団をかけた。まだ隠そうとするところが少しばかり可愛らしい。隣のお姫様は寝ているようだけど、私は貴方とお話があるから直ぐに返してくれる?って目で訴える。私と何年も付き合ってたら言葉にしなくてもわかるでしょう。
幸せなことに最後まで同じ家の中にいる人の彼女に気づかなかったお姫様は猫なで声で人の彼氏を誘惑して帰っていった。その間、心ここに在らず、で 生返事ばかりしていた忠義を見て、いい気味だと思ってしまった私は性格がひねくれている。
「あれはなに?」「えっと」「どこの子?」「、隣の課の」「可愛い子だったね」「…ごめんなさい」
何を言うわけでも無いのにソファに座っていた私の前にフラフラと歩いてきた忠義は床に正座をして次の言葉を待っている。膝に掌をつけて背筋をピンと伸ばしつつ頭を項垂れる姿を見たら なんでも許してしまいそうだ。
事実、もう半分許してるかもしれない。
「もう別れる?」「え」「やっぱりああいう子が似合うよ」「嫌や」「おばさんといても楽しく無いでしょ」「嫌や…、ごめんなさい」「即答禁止、頭冷やしな」
両腕をがっしり捕まれ、嫌や嫌や と揺さぶられて、何とか止めようとする彼を振り切り最低限の荷物をまとめる。
「、どこ行くん」「ビジホ」「へ」「生憎、他の女が寝たベッドで快眠できる女じゃないの」
充電器と、下着と。上はブラウスだけ変えればいいか。
部屋中を歩き回っている間にも「ごめんなさい」「俺が悪かったです」「おらんようにならないでください」「お願い、考え直して」って、私の後ろ付いて回って ここぞとばかりに敬語を使ってくる。一通り無視して机の上の鍵を取ろうとしたところで先制をうたれた。
「返して」「嫌や」「お互い考える時間必要だって」「嫌」「…ダダばっかこねててもどうにもならないでしょ」「嫌や、お願いします、行かないでください」
「ごめんなさい、もうしません…。」
「おらんようになったら無理です、生きてけません」
「お願いします。ほんま…絶対しないから、神に誓う。」
ちょっと…。その上目遣いは反則。
なんて、私が怯んだのがわかったのか一気にたたみ込んでくる忠義。神に誓う、とか嘘でしょ絶対。無宗教だっていうのに神にもすがるような お馬鹿っぽいところを出すのが可愛いらしくて。
だからね、いかにも こっちが折れてあげましたっていう雰囲気を演じてあげるの
「本当にもうしない?」って言ったら ぱあっと顔が明るくなって、現金なやつ。「しないしないしない、ぜぇっっったいしません!」
って言われちゃうもんだから、ふふって笑って柔らかいキスをあげる。途端にヘラヘラと満足げな顔をする忠義。
あぁこれだからどうしようもないなぁ。完全なる負のスパイラル。
ところで、尻尾振ってわんわん言ってるけど、ねぇ。気づいてた?
この瞬間に、忠義との結婚は無理だなって 私の中では決着ついてたんだけど。
だって貴方「絶対しない」って、その"絶対"は何回あるの?今までの分 全部数えてたってこと一生言ってやらない。
本当に最低。どうしようもなくて つまらない男。
……でも、何年か後に そんな男と結婚しちゃう私もどうしようもない女よね。
しょうがないか、
だって、___________
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