お城みたいなホテル
「もう会うのやめよう」
精一杯だった。安っぽいホテルのカーペットに彼の吸っていたタバコの灰がぱらぱらと落ちる。部屋が禁煙だろうと火災報知器の目を盗んで 御構い無しに吸うのはずっと変わらない彼の癖。
「なんでや」「私もそろそろ本気で結婚考えなきゃいけないし」
「このままダラダラは嫌だから」
永遠なんてないんだよ、すばる。大見得切って放ったけれど結婚願望なんて更々ない。それでもこのまま彼と欲をぶつけ合うのは違うと思った。あなたのことが好きだから。すばるは違うかもしれないけど、私はずっとあなたを一人の男としてみてた。あなたは性欲を処理する 利害が一致した相手だと思ってたとしてもそれでも私は満たされてた。顔が見れるだけで充分だった。
好きな男に抱かれる事ほど幸せな事なんてこの世にないでしょう。
彼から別れを告げられる前に私から言った方が楽なんだろうって。アラサー女の精一杯の強がりなんだから。詮索せずにいつもみたいに「おう」って軽く流して欲しかった。
「なんやその、結婚…すんのか」「しないよ」「やったら」「考えてはいる」
唸る。それはまるで怒りを抑えようとしてる獅子のようだった。
ねぇ、そんな顔しないで。少しでも期待したくないの。舌を下唇にのせて斜め下を冷たく見下ろす彼をじっと見つめていないと涙が出てきそうだった。
「わかった」
長い沈黙を経て放たれたのは合意の意味を成した言葉。
ホッとした。と、同時に胸がひどく傷んだ。あぁ これで本当に終わりだ。
「俺が嫁にもらう」
2人の間の時が止まって 耳に入ってくるのは隣室の下品な女の声だけだ
一瞬で全身に鳥肌が立つのがわかった
「、……なんでよ」「俺が欲しいねん。ええやろ別に、」「どういう経緯で、」
「どんなんもこんなんもあるか。そのままや。」「だって、こういう時、付き合ってからとか」「今更やろ。 お前の好き嫌いもどうでもええ。」
俺がわざわざ好きでもない女抱きに来ると思うか。なんて、どこで覚えてきたんだろうかその殺し文句は。
嫁に来いと言う割に人相の悪い顔で睨む彼の目に少しだけ水が張っていたのと、大きく肩で息をする姿は一生忘れられない。
「勝手にそんな…、都合のいい女だと思ってんじゃなかったの」
「おぉぴったりやん、都合のええ女なんやろ」
「やったら俺の言う事なんでも聞いとけ」
幸せにしたるから
全身にくまなく張られていた気がふわっと抜ける
もうお手上げだ。勝ち目はない。1番の男に、こんなにくさいセリフを吐かれて落ちない女はいるのか。
あまりの横暴さに、さっきまでウジウジしていた自分が馬鹿らしくなってくる。ニヤリ、と口角をあげ勝利を確信した彼に目眩がする。
すごく幸せだ、宇宙一幸せ。こんなに幸せでどうしようか。死んでしまう。
嗚呼これからもっと、深く、貴方ににどんどん溺れていく。知らないでしょう、貴方って人をダメにさせるの。依存させるの。女を重くさせる天才よ。
私の覚悟も何もかも全て持って行って。
ねぇすばる、好き、愛してる。
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